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1年振りに会ったヒトに誰か気づかれない「奇跡的」な増量=デブりぶりを発揮?してしまった僕が3年前から初めたチャリに真面目に取り組んで、大幅な減量とあわよくばレースで上位を狙おうと云うヒジョーに安易な計画と緩~い進行具合を書き綴っていきます。
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先般、図書館から宮脇俊三編著の「鉄道廃線跡を歩く」と云う本を借りてきて読んでいるのですが、土建政治の収束とモータリゼーションの狭間で消えていった小私鉄や旧国鉄不採算路線がかなりの数あり、中には鉄道のもつ性格から廃線後はサイクリングロードになっているところもあります。近場で云うと加古川の別府鉄道跡や岡山の片上鉄道跡などでしょうか。
また、日本の産業構造の変化により消えて行った鉄道に、鉱山鉄道や森林鉄道があります。特に炭坑の多かった北海道や林業の盛んであった東北・中部地方に多くの廃線跡が見受けられます。
昨今、何かと話題に挙がる夕張ですが、その昔、国鉄連絡線の鉱山鉄道に付属する形でミニ鉱山鉄道が走っていました。「鉄道廃線~」に拠ると3路線、総延長30km近く、その殆どが原生林の中にあって、廃線後は一部がダム湖に水没したものの、ジープ道として使われたり、橋梁も橋桁が撤去されずに残っている箇所もあるそうです。
これは、マウンテンのフリーライダーには魅力的な絶好の環境だと思います。登山道やハイキングコースは激坂や階段などで押しや担ぎがあり、乗車時間が短いことが難点ですが、鉄道には無理な勾配の設定が無いのである程度は乗車が可能で
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1泊でハチ北高原にMTBトレック&ペルセウス座流星群観察&キャンプに行ってきました。
県立自然観察センターのオートキャンプ場で宿営。メンツはおっさん5人で、周りの家族連れからは明らかに異質な感じでした。初日は夕方より肉、ビールを摂取の後、宿営地から徒歩移動し流星群観察に向かう。今回は天体観察用の巨大双眼鏡を特別装備。暗闇の中をそれらを持って歩く姿は、まるで敗残した偵察兵の小隊の様だった。適当な場所を見つけ小隊は観察準備に入る(ただ、双眼鏡を設置し寝転がるだけ)。流石に山地だけあって満天の星と流星は素晴らしかった。感動の余り、皆で歌を大声で歌う。氷ノ山連山の嶺々に、何故か八代亜紀の「舟歌」が響き渡ったのである。他にゴダイゴ、小林旭や都はるみなど、おおよそ若者らしからぬ歌々を皆で熱唱。大声でなど偵察部隊にあるまじき行為のために、ヤンキーゲリラ部隊の捕捉を受けるも、ギリギリで回避に成功。そうこうしているうちに、ハチ北の夜は更けていくのだった。
明けて、MTBダブトラツーリングだったが、バイクの整備不良の為、参加できず。近くの兎和野の森を歩いて散策。いい感じのシングルトラックが広がっていて、フリーライドに最適でした。
また、行かんといかんなぁ。
最近、もう1台ロードが欲しいなと思ってまして、もちろん、減量に成功したらの話ですが。

あるショップでサーベロR3の試乗車があり、ルック上位機種乗りのUさんが、試乗で峠に登りその性能を大絶賛されていたので、サーベロも候補のひとつですね。
そのUさんから突っ込みが入ったんですが、僕の現行のロードもMTBも同じ米メーカー製。せめて次のロードを買うなら、欧州か米国以外のブランドがほしいと思います。
今のロードがロング向けの中級フルカーボンなんで、出来れば金属系が希望です。ただ、金属系(アルミ系)フレームは初級者向け以外は少なく選択肢が限られてしまいます。コルナゴのストラーダ(スカンジウム+カーボン)かオルベアのアリン(フルアルミ)辺りがいいなと。敢えてカーボンであれば、タイムかコルナゴがいいですが、高嶺の花なので前述のサーベロかBMCのどちらかですね。
どちらにしろ距離を乗ってみないと判りませんが、せめて試乗会や展示会で試してみてからにしたいと考えています。

今年末には購入、軽い体と良く回る脚をつくって新フレームで、来春には本格始動を切りたいものです。
それには、減量、練習、節約と努力せなアカンことがいっぱいですわ(-з-)=3
極力、そちらを見ずに避けるように、気配を消すように歩きます。読経は暗闇に響き渡りっていました。その何者かの横を通り過ぎた瞬間でした。経が突然止み、こちらに向かってフヮリとジャンプをして、近づいてきたのです。僕は慌て走りだしました。逃げる際にその何者かが一瞬ですが目に入りました。ボロボロの笠を目深に被り、杖を持った行者のようでした。幸運にも、少し行くとすぐに坂は平坦になり、自転車に飛び乗るとひたすらにペダルをこぎ続けました。気がつくと山を下り小さな集落にでていました。どうやら、その災厄から逃れることができたようです。そこで先行したO君は待ってましたが、僕は体力的にも精神的にも疲れはて、何故か先程の話をする気にはなれませんでした。明らかにあの出来事でエネルギーを奪われた僕はその後、残りをどのように走って家に辿り着いたのか覚えていません。
その日はお盆でした。下界に降りてきた英霊を供養し、無事に天界へ帰っていただく日です。もしかしたら、僕はそちらとこちらの世界の接点部分、トワイライトゾーンに脚を踏み入れてしまっていたのかも知れません。無知な若者の取り留めのない行動が起こしてしまった不可思議な騒動でした。
淡路は僕にとって曰く付きの話がある不思議な島なのです。
あれはかれこれ15年程前になりますが、友人のO君と自転車で淡路島を一周することになり、彼の休みの都合で終戦記念日に行くことになりました。2人共、淡路一周は初めてでしたが、O君は自転車競技部出身の強者でしたので、多少の問題が起こっても何とかなると言う慢心があったのだと思います。
朝9時頃に島に上陸し、反時計周りで走り始めました。当初はかなり速いペースで走っていましたが、島の南端に来ると予想とは違ってアップダウンがあり距離が稼げません。その上、灼熱の太陽が容赦なく体力を奪っていきます。中間地点の福良についたのは、少し日が陰りだした14時頃でした。遅い昼食をとると、道を地図で確認し走り始めました。しかし、目的の海沿いへ向かう道に出られません。何度、地図を確認しても迷ってしまうのです。今から考えれば、それは数時間後に起こる恐怖への伏線であったのだと思います。やっとつかまえた地元民に聞くと訳もなくその道に出ました。暫く進むと道は右手に海岸線が続き、左手にそれまで点在していた家もなくなり、切り立った崖になりました。その頃には、対岸の和歌山の街の灯が確認できる、それ位に薄暗くなっていました。
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